2016年02月23日

「野島ドラマ」お気に入りセリフPart.16

頭のよくない言葉づかいをされるヒトは、正直あまり好きではありません。


たとえば近ごろワイドショーを騒がせている、女の方のブログを眺めていて、思いました。自らを名前で呼んでいる‥‥つまり一人称に「私」とか「僕」ではなく、『Kは』なんて具合にしている方と合いますと、私は虫唾が走ります。正確にいうと、この事象については以前そうでした。

その女性の文体に触れていくうち、どこか懐かしい感情を覚えて、記憶を辿っていきましたら、好きだった彼女にも時おりそういったところが見られ、一人称に下の名前を用いることがあったのです。

‥不思議なものですね。彼女の場合、虫唾が走るどころか、それすらも愛おしくて。隣で聴いていてドキドキしたほどです。私は自らを『A』と呼ぶ、そのヒトのことが好きでした。

そういえば彼女の歯は白くなかったと思います。女性の歯はなるべく白色であるべき‥私に変な固定観点があったものですから、まったく気にならなかったといえば嘘になりますが、次第にそれも気にならなくなりました。多少歯が黄色くたっていい。タバコを吸っている彼女ごと、愛していた...

あばたもえくぼ。とは、昔の人もよくいったもの。他人から見たら欠点と思われることが、何とも思わなくなります。むしろ、好きになってしまいます。恋愛期間中“好きになった方”は、おそらく魔法がかかっているのでしょう。そのヒトの本当にすべてが、ただただ愛おしくてたまりません。


だから、彼女にまだ私の知らない顔‥たとえ、どんな過去を持っていたとしても、揺らがずに受け入れられる自信があります。それらを含めて、今いる彼女を好きになったのですから。ヒトを“愛する”とはそういうことなのではないでしょうか。恋は冷めても、愛は上にあがっていくだけ‥‥。そこに到達するまでが、なかなか難しいのですけれど(苦笑)

あのセリフを思いだします。


いいんです。ボクは、この人を思っているあなたごと、抱きしめていきます

【101回目のプロポーズ】より。これは主人公である達郎の「覚悟」の表れです。想いを寄せる薫は死別したフィアンセを忘れずにいた‥。ようやく前を向いて歩きだしたとき、達郎のプロポーズを受けます。ちなみにここでのプロポーズが、かの有名な『ボクは死にません』 ですね(笑)

でも達郎は、ムリして忘れることなんかないんだよ。ボクは今の、彼を忘れられずにいるあなたを含めて愛している。これからも、ずっと愛し続けていく...


受けとめるとか、守り抜くではなく「抱きしめる」と言っているあたり、達郎の知性とセンスの良さを感じます。‥演じた武田鉄矢さんが口にしますと、なにか金八先生と重なってみえてしまう部分も、なくはなかったのですが(笑)

「抱きしめる」覚悟‥‥その覚悟だけは、今の私も強く、持っています。

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2016年02月15日

「野島ドラマ」お気に入りセリフPart.15

「時間が解決してくれる」 よくそう口にする人がいます。


あれからしばらく時間が経ち、「喪失感」も徐々にではありますが、たしかに薄らいでまいりました。でも、やはり女々しい私はダメで、好きだった彼女のことを想って苦しくなってしまいます。それは、たとえばこんなとき...

先日、髪を切りに行きました。いつも、そこまで極端に髪型を変えることはありません。にもかかわらず“彼女がいた頃”は、その髪を切った自分に毎回気づいて『短くしたね』などと、声までかけてくれました。

彼女にとっては、ただ単にコミュニケーションの一環であったのだと思いますが、その行為、わずかでも私に関心を持っていてくれることが、たまらなく嬉しかったのです。髪を切ったことに気づき声をかけてくれる異性‥大好きだったあの彼女も、今、自分の近くにはおりません。

もともと、歳が十も下でありながら、それでいて妙に「世話好き」なところがありました。そこがまた、たまらなく愛おしくて、同時にどこか“懐かしい”感情も覚えた。‥たぶん、いつも幼き日の私の手を引っ張って歩いた幼なじみのミー子と、彼女の姿が重なってみえてたから。ミー子の“幻影”を、私は彼女に見ていたのです。


変わった自分を見てくれる、いちばん見せたい相手がいなくて、虚しい‥‥。髪を切るのは自分のためだし、また、新たな恋を獲得をするための手段といいますか、わかりやすい「表現方法」でもあるのに、いなくなったヒトのことを第一に考えてしまうのは、まだまだ何事も“彼女本位”でいるのでしょう。そんな自分がつくづく嫌になります。


しかしながら、彼女との出逢いによって、私は根本から変わりました。『かっこよくなりたい』 大人になるにつれ、いつしか失われていた「美」への切望が、ふたたび湧き起こったのです。

いうまでもなく彼女を振り向かせるためであり、お付き合いできた暁に、恥ずかしい男でありたくないといった、いささか不純な動機(苦笑)。‥それでも何でも、私はかっこいいヒトになりたいと、身体の芯から思うようになりました。


彼女と向き合える日がくるのかどうか、誰にも未来は分かりません。ですが、彼女との出会いは自分自身にとって、大きなプラスであったと感じます。彼女と巡りあえなければ、あのまま萎れていった可能性も否めないでしょう。

ヒトとして、男として、もう一度輝きたい。輝いてみたい‥‥切にそう思えたのですから、たとえこの先、どんな未来が待ち受けていようとも、私は彼女という唯一の存在に感謝しなければなりません。


なにかしようと思ったときから、人は、もう変われたんだと思います


【101回目のプロポーズ】より、岡村涼子が達郎に贈った“労い”の言葉です。愛する薫を喜ばせたい‥ただその一念で、サラリーマンである彼が縁もゆかりもないピアノを習い始めて、本当にショパンを弾いてしまいました。

もちろんこれは架空の話ではありますけれども(笑)、ヒトが恋をするときに生じる、凄まじいパワー。その力は絶大です。想いが本気であればあるほどに...

道すがら。自分の場合、まだ本当に変われたのかどうか分からない、「主観」でいってこのセリフを伝えること自体、若干抵抗もなくはなかったのですが、本気にヒトを恋した私はきっと“変われる”‥今は、そう信じています。



※台詞ばかりの単なる「ノベライズ本」ではありません。達郎や薫、それぞれ登場人物の視点からみた心情もよく描かれていて、小説として読んでも非常に面白いです!おすすめ。


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2016年02月05日

「野島ドラマ」お気に入りセリフPart.14

笑ってあげてください。


私は、指環をしています。まだ誰にも打ち明けたことのない告白をすると、実は「ペアリング」と呼ばれるもので、あれをまいにち指にハメています。

だから、周囲のヒトからはどうも恋人がいると思われているようなのですが、現在はいません。それなら、どうしてそんな代物を身につけているのか。理由はひとつ...

心に決めたヒトがいるから、です。

‥ペアリングなので、傍らのリングが当然もう一個、私の手元にあり、それをいつか、大好きな彼女に手渡す日まで、自分が“預かって”います。‥もしかしたら、そのリングを渡せる日は永久に訪れないかも知れません。‥そのときはそのときです。ただ、リングを見、幸福な日を夢みながら、彼女のことを諦めきれない自分を、いつも奮い立たせて日々の仕事に精を出しています。




さすがに「刻印」はしておりません(笑)


このことを告げると、たいていのヒトは苦笑するでしょう。可笑しいでしょうか?‥可笑しいですよね。状況的にみて奇跡でも起こらないかぎり、リングを渡せない可能性が高いのは、あきらかであるのに。

ですが、やはり今の私は以前にも書きましたが、ヒトを好きになる回路が失われてしまっている状態‥。彼女以外、おそらくもう、誰も愛せないのです。これなら彼女を想い続ける「結晶」として、指輪をはめ続けていることも、道理にかなっているでしょう?したがって万が一、私が他のヒトを想えることができたなら、指輪は外します。外してまた別のものをつけます。


会えない彼女をこちらだけが、ただ一方的に好きでいる‥‥。最近少しだけ、後悔もするようになりました。あの別れの日に、想いを告げるべきであったかどうか。彼女の想う相手が他所にいるのはなんとなく知っていたので「YES・NO」の結果がどうのではなく、自分ひとりのケジメの問題です。

あのときはこのまま彼女を想い続けることも、ひとつの「美学」とも、思っていました。しかし、いかんせん私は彼女のことを、今までのヒト以上に好きになりすぎていた‥‥。愛するヒトと会えない日々が、これほどまでに辛いものとは考えてもみませんでした。相手のそばにいて、送ったり送られたりするのが、愛‥‥。今、それを痛切に感じています。

いっそこのサイトのURLを教えようとも、一瞬考えました。けれど、NOJIMAを謳ったファンブログで、そうした個人的なことに利用するのは気が引けるし、バチが当たりそうなので(笑)、止めておきました。その代わり、彼女への溢れる想いを、時たまここで綴らせてください(ここのところ毎回ですが)


こんな思いつめた年増の男ですから、NOJIMAドラマの、あの“有名すぎる”台詞には、当然のごとく私も憧れはあります。


僕は誓う!五十年後の君を、いまと変わらず愛してる


【101回目のプロポーズ】より。星野達郎、一世一代の告白!‥といっても受け売りなんですけど(苦笑)。彼女と再会できた暁には、自分もこれに近い台詞を口にしてみたいですねえ、重たくならない程度に。恋人をしびれさす決めゼリフを、私も人生に一度くらいは。

自分の場合、あと五十年も生きられる自信はないので、四十年にしておきましょうか。‥はい。そういう問題ではありませんね。すみません!ただ、達郎とちがって指環を海に捨てることなく、私は大切に保管しておきます。あのドラマのように、まっすぐ想い続けていれば、いつか「奇跡」は本当に起こるかもしれませんから---


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2016年02月02日

「野島ドラマ」お気に入りセリフPart.13

こんな想像をしたことがあります。


たとえば女性が席についてお酒を提供する店、そこに彼女が‥私の好きな人が働いていたとして、自分が客として行く。且つ、それまで彼女の存在すら知っていなくて、きょうが初対面です。さて、私は何を思うのでしょうか。

あらぶる魂を、まったく先入観を持たない他の男の目とすりかえ、(仮)ホステスとなった彼女を覘いてみますと‥‥おそらく「並」。ハズレ、とまではいかないまでも、トキメキを覚えることもないでしょう。なぜなら彼女が“絶世の美女”ではないから。彼女を好きな私がいうのも変ですが、冷静に、そう認めざるを得ません。


「一目惚れ」なんて言葉があります。けれど、自分の場合それでもなかった。出会った瞬間に恋心を抱く‥そんな美談が本当にあり得るのか、どうも疑わしくなるのですが、実際そういった話をされるヒトが、この世の中にはいるので、なくはないのでしょう。私が経験をしていないだけ‥。

ここまで彼女に惚れてしまった理由、根源を辿ってみますと、ミテクレなどでは決してない、やはり「魂」を愛していた‥‥これに尽きます。出会い、魂が寄り添っていく過程で、次第に恋愛感情を持っていた‥のが自分。ただ彼女は、そこまでには至らなかった。男女間における恋愛の難しいところです。

‥気づいていないのがほとんどで、おそらく多くの夫婦が、このケースに当てはまるのではないでしょうか。外見に「恋」はできても、愛情を抱くのは、総じて相手の心‥「魂」に触れてから、なのです。ようやく私は、それを理解しました。


ミテクレは限りなく似せられても、魂は唯一無二で、彼女だけのもの。同じなんて、絶対にありえない。たとえ、それが彼女の「クローン人間」であったとしても‥。クローンにまつわる、印象深い話が【世紀末の詩】にありましたよね。

自分だけを見てくれる。クローンは自分だけを“無垢”に愛してくれる。離散した家族と、同じ外見をしたクローンを生成。その魅力に取り憑かれていた狂気の研究者を相手に、主人公の亘は、それが「偽物の愛」であることに土壇場で気づきました。決心し、彼が想いを寄せる羽柴里美に、あらためて“告白”したときのセリフがこちらです。


振り向いてくれなくたっていい!僕が思っているのは、あなたがこの宇宙で唯一のあなただからなんだ!この目をつぶしても、あなたは宇宙で唯一の一人だけなんだ! ※第八章「恋し森のクマさん」より


‥深いです。もし、私が亘と同じ状況にいたとして、クローンを提供すると言われたら‥少し迷いますが(笑)、“本物”と同じように愛すことはできないと思います。だって彼女は、彼女ひとりでしかないから。

セリフ通り。発した言葉‥話し方‥タバコの吸い方‥あんまりオシャレじゃないところ‥にじみ出る優しさ。ちょっぴり機嫌が悪そうな日も、ぜんぶ含めて、私と同じ時間(とき)にいた、彼女を愛しています。肉体ではない、彼女の魂を、ただひたすらに...


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2016年01月31日

「野島ドラマ」お気に入りセリフPart.12

遠くにいる彼女のことを想うとき、もう何も手につきません。


えぇ、分かっています。男のヒトは、まず「仕事」を第一に考えなければいけないのは、私でも。しかし、どこを目指してがんばればいいのか、時おり自問自答するのです。お金を稼いだところで彼女のココロが手にいれられるわけでもない‥‥金で愛は買えない。

そうなると、ますます深みにハマって自らの存在意義さえ見出せなくなります。彼女の、彼女ひとりのために生きたてみたかった私は、一体何なのか。そのこたえは、今はまだ見つかっておりません。


会っていた頃‥といっても、別に交際をしていたわけではないのですが、彼女と面と向かって会話ができる悦びの一方、平静を装いながらも徐々に、もうひとつのある感情が私の心を支配していきました。

「嫉妬」です。彼女自身に想いを寄せる人が他にいたのは、薄々気づいていたのだけれど、“矛先”はその彼ではありません。嫉妬した相手は、自分より前に彼女と出会ったヒト、すべてに対して。

『もう少し早く出会えていれば』そういった思考などではもはやなく、私の知らない彼女を知っているヒトへ、無謀に嫉妬をしていたのです。元カレ、同級生、肉親‥。できるものなら、私だってもっと、少女時代からの彼女を知りたい---


想いを、再確認“してしまった”先日の出来事。私より年齢が十下、ちょうど彼女と同い歳の女性と話す機会がありました。一般的な男性の目でみれば、多くが「美しい」と形容するであろう、端麗な女性‥。その方に、まったく心が揺らぐことなく、歳が彼女と同じと知って、また哀しい気持ちにさせられる自分がいたのです。

「魂」に惚れていたのだと、そのとき、つくづく思いました。年頃でありながら、なぜかノーメイクでいる日もけっこう多かったのですが、事実、私は彼女の「素顔」が好きでした。幼い顔に似合わず、タバコを吸う彼女の姿も、私は好きでした。

‥本当にいつまでも女々しくてよくないですね(苦笑)。自分を励ますために美しい(?)ヒトと引き合わせてくれた友人にも、申し訳ない事をいたしました。


先ほどの「嫉妬」という感情について、野島作品に幾分ユニークな見解があったのを、皆さま憶えてらっしゃいますか。【世紀末の詩】第九章「僕の名前を当てて」の中に、それがあります。


黄色いバラの花言葉を知ってるか?
嫉妬さ



ノストラダムスに扮した、謎の男の“アシスタント”をしていたナオという女のセリフ。‥最後、ナオは死にゆく男に向かって、そう言葉をかけたのです。彼が何者であるのかを、ついに突き止めた百瀬教授は、劇中のノストラダムスに絶望的な嫉妬の念があったと、分析していました。

『許せない。自分が一番優秀であるのに、新しい時代を見られないことが許せない』 予言はいくらでもできるのに、いずれ無くなる人間の哀しさ。だから、もう『人類など、滅んでしまえばいい』 のちに世界中の人々を散々恐怖に陥れた“悪魔”の予言は、こうして生まれた‥。これが教授の見方です。


‥もう見られないもの。一見、種類は似ているようですが、私の場合は未来ではなく、彼女の「過去」に嫉妬しているのだから、本当にどうしようもありません(笑)。嫉妬していいコトなんて、ただのひとつもないのでしょうね。自らを狂わせるだけ、です。‥こう書き込んでいると「嫉妬」という二文字が、やたら醜くみえてきました。

そういえば昨年の【アルジャーノンに花束を】に、青色の薔薇が出ていました。青いバラ。もとは【世紀末の詩】の件の章にあったでしょうか。限られたヒトにしか目にできないという青いバラについて、謎の男はこう言っています。『青いバラは神の祝福。人生を無駄にせず生きた者への栄光ある青』

回り道多き筆者にそれは、永遠に見えなそうです...

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2016年01月30日

「野島ドラマ」お気に入りセリフPart.11

俺ずっと、貴子のこと、好きだったんだ


【愛という名のもとに】‥あの倉田篤のように、思いきって彼女に告白をすべきだったでしょうか。

いえ、やはり私にはできませんでした。決定的にちがう部分は、篤はそのとき、すでに「死」を意識していたということ。自分は、これからも生き続けなければならないのです。したがって、知らずのうちの“セーブ”していたのかもしれません。彼女のなかには別の相手がいたようです。振られると分かっていて、なお、自らの心を痛めつける‥彼女への想いを決定的に「封印」させてしまう行為は、避けたいと。


未遂に終わりました。けれど、告白を片隅にでも考えてしまったのは彼女のこと「本気」だったが故です。あれほどまでに、一人のヒトに恋をした経験は、これまでありませんでした。すべての事象が初めてだったから、身の引き方とか、どうすれば彼女をきれいに諦められるのか、私は未だ判らずにいます。ただ、彼女との出会いを通じ、大事なものを確かに知れた気がしていた...

「愛」です。“結果的”にみれば私たちに縁はなかったのですが、よくこんなことを思いました。もし彼女が死んだら、私は泣きます。‥考えてみると、ヒトが亡くなって涙を流せるのは彼女、ただひとりだけなんです。もし彼女が不治の病にかかってしまったら、私は、まいにちのように病院へ見舞いに行きます。病気でもなんでも、彼女と会って話をしたいから。

恋愛がらみで「嫉妬」だなんて世にも醜い感情を覚えたのも、今回が初でした。もはや「恋する」の域ではとどまらなかった。彼女というひとりの人間、彼女の魂を‥狂おしいほどに私は愛していました。

“与えられる”ではなく、「与える」‥‥与える愛の悦び。いえ、厳密には与えていませんので、自分の場合は“与えてみたい”が、より適切な表現法となるのでしょうか(苦笑)。


“いちばん好きなヒト”とご結婚、または付き合っていますか---

現実的には、なかなか難しいのだと思います。出会いから段階を経て、愛を育んでいくことはあれど、最初から好き同士、魂が惹かれあっての両想いは、それこそ「奇跡」にも近いかもしれません。

すごく好きなヒトがいたとして、でも、結ばれなくて‥‥おそらく多くの方がどこかで折り合いをつけて、目の前の相手と向き合っている。好きになろうと、一生懸命「努力」もする。‥私もその「努力」をしようと何度も試みますがダメで、つい、未来のない彼女ことばかりを考えてしまいます。

くだりの篤‥自殺したチョロだって結局のところ、貴子のことをずっと想い続けていたわけでしょう?ホステスのJJに揺らいだ時期は、たしかにあったけれども、彼女への積年の想いは、絶対に消せやしなかった。貴子と交際をする人物が仲間の中にいたりで、自らに歯止めをかけていたのが、あの頃のチョロであったと思うのです。

愛する、本気で愛を与えたいと思えるヒトは、かならず一人だけ‥‥。私も、とうとう“そのヒト”と、出会ってしまいました。何をするというわけでもありませんが、私の「魂」が別離を懸命に否定しています(笑)。どうしても、忘れることができません。報われない想いをとどめたままにしておくのは苦しい。‥けれど、ひとつ言えるのは、これは不幸ではなく、自分の人生において、彼女との出逢いは最高に幸福な出来事になったのです。


恋愛をヒトを変えます。心の底から湧き出る愛というものを生まれて初めて知り、私も変わろうと思いました。彼女以上に愛せるヒトは、もしかしたら、もうこの世に存在しないのかもしれません。しかし、愛の悦びを知った今、私は“生きて”運命と向き合います。



倉田篤24回忌‥(笑)ありがとうございます


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2016年01月26日

「野島ドラマ」お気に入りセリフPart.10

井川真白。


【リップスティック】に登場し、池脇千鶴さん演ずる、とても罪を犯すような子とは思えない、眼鏡をかけた少女‥‥。鑑別所にいた彼女は、同室の子たちからも「母親」のごとく慕われていました。ところで一見珍しい、このマシロの名前の由来は皆さん憶えていますか。

離れて暮らしていた、名古屋に住む実の父親がつけたもので、いわく『真っ白な洗いたてのシーツのにおいが好きだったから』 です。


嗚呼、真白のお父さんは、柏木達也なのでしょうか?


‥すみません。それこそ野島ドラマ全般のファンにしか、伝わらない物言いをしてしまいまして(笑)。少し時間を巻き戻して【ひとつ屋根の下】。柏木家の長男で、クリーニング屋の店主・達也が“いかにも”言いそうです。または「あんちゃん的」な発想ともいいますか...

でも、こういうのって、野島ドラマでは度々目にすることができます。複数の作品がまるで同じ世界の中で描かれているかのように。

たとえば【世紀末の詩】第9話に「僕の名前を当てて」という回がありましたよね。バラックを襲撃した謎の男は、(一応)ノストラダムス‥であったわけですが、【人間・失格】の誠と留加の会話に、長い間世界中の人々を恐怖に陥れた“詐欺師”として、すでに名前が挙げられていたり?

同じく【世紀末の詩】第2話、「パンドラの箱」にての鏡子。目が治ったら最初に見てみたいものは鏡と口にして、夏夫が訝しがるシーンがありました。なぜ、恋人であり献身的に支えてくれた興梠の顔ではなく、“自分”なのか...

これが【この世の果て】の場合。やはり盲目であった砂田ななも同じ問いに、最初に見たいのは鏡と言っていました。しかし、純と付き合うようになり、心境の変化もあって、今いちばん最初に見たいのは「彼の顔」になっていたという、そんな対照的で、皮肉を利かせたエピソードもありましたよね。


ほんの一例にすぎなく、こういった話はまだまだ野島作品にはたくさん存在するのですが、極めつけはアレです。おもわず私が笑ってしまった、あのシーン...


フレーフレー、安奈!フレーフレー、安奈!


真白と同じ部屋に収容されていた三池安奈。鑑別所を出ていく際、担当教官であった葛西孝生が、そう彼女に向けて「エール」を送ったのです。もちろん応援団さながら、あの振り付けも交えて‥。“送られている”方も、ちょっと恥ずかしくなりそうですが、感極まった彼女はそれどころではありません(笑)

場違いに(?)どうして私が笑ってしまったのかというと、孝夫の行為以前の問題として、これと似た映像を前に目にしていた記憶があったからです。


【ひとつ屋根の下2】で、あんちゃんが同じことをしていました。遠くに行く川村泉に向け、万感の思いを込めて『フレーフレー、泉!』と大声で。おかしい理由は、実は他にもあって、同ドラマで達也の弟役を演じたのがいしだ壱成さんで、兼【リップスティック】の孝夫役!

なんでしょう、この絶妙リンク。野島さんの遊びゴコロなのかどうか判りませんが、視るたびに“ノジマニア”は笑ってしまいます。どちらも、本当はもっと感動的なシーンなのですけれど(笑)。『フレーフレー!』と、心から励まし応援をしてくれる人は、さて、あなたの身の周りにいますか---

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2016年01月21日

「野島ドラマ」お気に入りセリフPart.9

今年もよろしくお願いします。今更ですが(笑)


2015年は春に【アルジャーノンに花束を】がリメイクされたり、個人的にみましても野島ドラマ、大層に冠をつけたこのブログとも向き合う時間が、例年と比べると多くなったのではないかなと思います。

年末には、直接野島さんとは関係ないのですが、ちょっとしたサプライズがありました。レベッカの紅白出場!まだ皆さまのご記憶にも新しいことでしょう。

再結成後の紅白初出場も相当なサプライズでしたけれど、やはり、彼らが「フレンズ」という後世に残していきたい名曲を、あの場で歌唱してくれたのが、私にとって何よりの歓喜でありました。

この話の持って行き方からして、これから筆者が何を綴ってゆくのか、もう察しがついてる方もいらっしゃるでしょうね。‥はい、同曲が主題歌として起用された【リップスティック】について、今記事は触れてみたいのであります。


ドラマに行く前に、まずその「フレンズ」ですけど‥ドラマの内容やイメージといったものに対し、あれほど主題歌に“マッチ”していたのは、数ある野島作品の中でも【リップスティック】がダントツかと思われます。曲名どおり、鑑別所に収容されたワケあり女子5人の「友情」が主として描かれたこのドラマは、とにかく異色でした。

テーマもそうですし、あのような閉鎖された環境の中での物語ですから、異色になるのも、まぁ当然の成りゆきといえばそうなのかもしれません。しかも、この作品において筆者の胸に深く刻まれている言葉が「愛」でも「恋」でも、「真実」でもなく‥‥「永遠」 でした。この「永遠」というものについて、皆さまは奥深く追求したことがあるでしょうか?

私はよく想います。この世に「永遠」なんてものが、本当に存在するのか‥。モノではないヒトに「永遠」は、本当に存在するのか、と。




今いる多くのヒトは、22世紀にはいないでしょう。仮に今年生まれた赤ん坊も来世紀を迎えるころには84、5歳?‥ギリギリといったところでしょうか(笑)。そのときは筆者も、偶然これを目にされたあなたも、おそらく存在しない‥‥。人間の躯は確実に老いていきながら、朽ち果てるのです。そんな人間にとっての「永遠」とは、いったい何なのか。


もし、あるとすれば、誰かを想い続けるヒトの心にあるのだと思います。それを、私は【リップスティック】で教えられた気がします。


恋愛よりも永遠のほうが大切だよ。永遠があれば、なんだって自由なんだ。離れていても変わらない #08【真っ赤なリンゴ】より


“先生”を愛する、藍という少女が発した言葉。ふたりはいずれ、離れ離れにならなければならない運命の中にいました。むろん、あの特殊な環境下がふたりそうさせているのは云うまでもありません。でも、運命に抗うかのごとく、もうどうしようもないくらい、互いに想い合っていました。離れていても、人を想う‥愛する心は永遠なのだと。

これを作品の中では「バス」にも喩えていましたよね。永遠という名のバス、に乗って‥‥。ラストシーン。実はテレビドラマと小説版では異なった展開をみせるのですが、そうした背景もあって、後者の方が好きでした。小説では最後‥バスに乗って、藍と先生は「永遠」に、その境地に辿りつけたのですから。私は「永遠」を、創造することができました。


今でも好きだった彼女を、フッと思いだします。そんなときは辛くなって、何も手につかなくなります。他の異性に言いよられても、彼女のことばかり考えてしまう自分。彼女であったら、どんなに仕合せだったろうと、哀しい比較をしたりしてしまう自分‥。本当に嫌になります(苦笑)。これが半永久的に続いていくのかと思うと「永遠」とは、ときに残酷であるとも感じます。


いつか、私も「本当の人」を乗せて、ふたりが乗ったバスに、乗車できる日を夢みて---


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2015年12月27日

「野島ドラマ」お気に入りセリフPart.8

26日にTBS系で「芸能30年史」?のような特番があり、興味深く拝見していました。

これに酒井法子さんの現在のご様子が映し出されて、おもわず歓喜!誌面などで彼女が、ディナーショーや地方での営業活動に勤しんでいたのは知っていましたけど‥「動くノリピー」、映像で姿を見ることができたのは、いつ以来でしょうか。

‥えぇ、何年経っても彼女をことを嫌いになれるはずがありませんとも。アレを見せられてしまったら、本当に---




【聖者の行進】のももちゃん先生が大好きでした。勤めたばかりの工場を追われ、半ば逃げだすように帰った自宅でも、自らの居場所がないのを悟った、町田永遠(とわ)。知的障害のある彼は途方にくれて、泣きだしてしまいます。

障害者たちにボランティアで「音楽」を教えていた、高校教師のももちゃん。その縁で知り合った傷心中の永遠にかけてあげた言葉が...


青い空はぼくの友達


正確にいうと、これはももちゃんの言葉ではありません。カスタネットの「カスタ君」に想いを乗せてみたのです。今、自分の周りに誰もいなくとも、青い空は君の味方、ずっと友達なんだよ‥そんなふうに、青色の紐を永遠の指に結んであげた、心優しき先生からの気づかいに、私までもが心打たれました。


ドラマ、作品の中での彼女‥‥。それは判っています。でも、あんな先生役を演じられるのは、「ももちゃん」を演じて画になる役者は、酒井さん以外にいないのではないか‥。【ひとつ屋根の下】の小雪役でも、彼女はそうでしたけど、とにかく優しくて、あたたかみがあって、ヒトらしいお芝居をされる方でした。

おそらくそういった認識が制作サイドにもあったから、酒井さんを配役したはずです。彼女が以前したためた「贖罪」によると、どうやらこのドラマの頃(1998年)はすでに、交際をしていた野島氏とも“プライベート”では離れ離れになっていたように描かれていました。

それでも酒井さんは‥彼女だけは外せなかった。ももちゃん役は彼女! ‥これと似た感覚、想いが氏にもあったのではないかと。あくまで推測の域を出ないのですが、昨夜の彼女の姿を見、今あらためて過去をそのように振り返ります。


中島みゆきさんが唄う「糸」が、現在にわかに注目を集めているそうです。【聖者の行進】のエンディングソングにも起用された同曲。ももちゃんが永遠に結んだ“糸”は、青い空に繋がっていた‥‥。各々のドラマのどこかにかならず隠されている「伏線」の数々‥。だから、野島作品は好き(笑)。氏が紡いだ物語を愛でる“見えない糸”は、私たちの心の中に、いつまでもあり続けます。

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2015年12月20日

「野島ドラマ」お気に入りセリフ Xmasスペシャル

窪塚洋介さん‥まもなく、ご結婚されるそうで!



おめでとうございます m(__)m




現在は、どちらかといえば「ミュージシャン」なイメージが、けっこう強いのですけど、10年前くらいまで‥筆者がもっともテレビドラマに熱を上げていた頃は、役者としても活躍されていました。


最初に彼の姿を見かけたのは【GTO】。反町さんの“元祖”の方で、クラス一の秀才・菊池善人役です。‥その、いかにも利発そうなマスクを芝居に活かさない手はなく、以降も「切れ者」タイプの人物を演じるケースが、非常に多かったような気もします。

“天才っぷり”を、劇中いかんなく発揮されていた【リップスティック】 【ストロベリー・オンザ・ショートケーキ】‥‥。そう、窪塚さんは「野島ドラマ」を語るうえにおいても、外すことのできない役者さんの一人。

この窪塚さんを含めて筆者は「ノジマ・3大ヨウスケ」と位置づけています。あとの二人は野島ドラマに多数ご出演されている江口洋介さんと、主演級ではないながらも、毎度強烈なインパクトを視聴者に与えてくれる、斉藤洋介さん(笑)...


今回は、少し早いのですが“クリスマス特別バージョン”として、その3大ヨウスケたちが世に残していった、個人的にお気に入りなセリフを、それぞれ挙げてみたいと思います。まずは祝福モードのK.YOSUKEから!


僕たちは、愛するために生まれてきました


【ストロベリー・オンザ・ショートケーキ】より。最終回、卒業式でのシーン。窪塚さん演じる佐伯哲也が、全校生徒の前で答辞を述べることに‥。2年留年していた彼が、そんな大役を任されるのも、何か不思議な気がしますけど、まぁそこは置いときましょう。‥そういえば金八先生でも、答辞は大抵“問題児”が務めてましたっけ(笑)

『生まれてきました』のあとにも、哲也の魂の叫び‥いや、愛の叫びがずーっと続いていくのですが、それは以前に触れたこともあるので、今記事では割愛させていただきます。(※1)

哲也は、答辞の中にある人への想いも込めていたのですけど、それは残念ながら通じず‥。ただ、この叫びが結果的に、のちの恋人となる沢村遥の胸を打っていたとは‥‥さすがの哲也も予想だにしていなかったでしょうね。K.YOSUKE発『愛するために生まれてきた』 実に野島ドラマ史の残る名言でした。


続きましてS.YOSUKE...


そのハイと言うのはイエスですか、それともたばこの灰のようなグレーなノーですか?


【世紀末の詩】より。斉藤さんがゲスト出演された第二章「パンドラの箱」は、同作品で1、2を争うほど、好きなエピソードです。花火会社の営業をしている、いわく、お世辞にも色男とはいえない興梠一郎役。彼が盲目の恋人・鏡子にプロポーズしているシーン。

結婚してください!の問いに対し、鏡子の『はい』という返答を受けてのものなんですが、なんかコレ‥すごく回りくどくないですか。私も、いちばん最初に視聴したドラマのときはよく判らなくて、小説で“活字”として見て、ようやく理解したほどです。「はい」を灰、グレーなNOって(^^;

別にこんな言い方をしなくてもいいと思うのですが、外見に似合わず?わりとロマンティックな興梠らしいな〜とも、後から思いました。なんたって打ちあげ花火の名前に「トゥルーラブ・フラワー」 ‥ですものねぇ(笑)


トリはE.YOSUKE。もうここは「あんちゃん」に登場してもらうしかないでしょう...




そこに愛はあるのかい?


出た! って感じ?我ながらベタだと思いますが、野島ドラマでの江口さんといって、誰もが真っ先に思い浮かぶのは、この“決めゼリフ”ではないでしょうか。とにかく、ストレート。実直なあんちゃんの性格がよく表れています。

印象が強かったからこそ、【ひとつ屋根の下2】バージョンの『心にダムは‥』は、正直あまり好きではありませんでした。ダムより、ぜったい私は「愛」派(笑)。できたら元のままであってほしかった!

今パッと出てきませんが、江口さんなら【愛という名のもとに】なんかにも、おそらくソレっぽい発言はありそうですよね。野島ファンの皆さま、年末年始のお暇な時間はDVDを見返すなどして、数ある名ゼリフの「確認作業」を行ってみてはいかがでしょうか^^


≪関連≫
(※1) 卒業生へ 「愛する人をさがしに行こう」

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2015年12月13日

「野島ドラマ」お気に入りセリフPart.7

一億でも十億でも構わんぞ


ちなみに「億」円。一億円でも、十億円でも私は出しますよ、という意味。‥そうです。NOJIMAワールドでこんな言葉を切りだせるのは、この人以外他にいません。KAMIYAグループの御曹司、神矢征司(かみや・せいじ)さま。「この世の果て」より...


神谷という男も、けっこう「名言」っぽいセリフが多かった印象です。憶えているのは『一度に10人と男と付き合える女より、同じ男と10年付き合える女が好みでね』 でしたっけ?‥これと迷ったのですが、自分が実際に口にしてみたいのは、やっぱり‥くだんのセリフになりますかねぇ今は。

ドラマを見たことがない人のために説明すると、シチュエーションとしては、金目当てにゆすりに来た男に対して、まったく動じることなく言い放ったときのものです。「好きなだけどうぞ」と、云わんばかりに小切手?とペンを男の元に残し、クールに部屋を出てゆく神谷‥‥。まるで器のちがいをみせつけてくれました。完全に神谷の貫禄勝ち(笑)




「神谷」役の豊川悦司さん


これと似通ったセリフが「ひとつ屋根の下」にもありましたね。妹が一時的に勤務したキャバクラ店で“ちぃ兄ちゃん”が、あんちゃんに向かって言った‥‥『なんなら店ごと買い占めようか?』 にも、しびれましたけど、あの時点でのちぃ兄のポジション(医学生)からすると、いささか“現実的”っぽくはなかった(^^;

その点、神谷なら十二分に、現実味を帯びています。‥ただ、一億の十倍。“十億”の金を動かすのは『さすがに彼ひとりのチカラでは無理だろう』 そんなふうに放送当時の私は思ったりもしてみたのですが、つい先日「現実社会」で起きましたね。

Facebook創業者の、ザッカーバーグさん?55000億円を寄付したとか、もうビックリ!この‥どこか国家予算並みの超大金を前にしては、神谷の十億円でさえも、かすんで見えてしまいます(苦笑)。まさにケタちがい。


開いた口が塞がらなくなったところで、話題を「この世の果て」に戻します。神谷をゆすりに来た男・高村士郎。彼の本当の目的は、居候していた女性の海外旅行の夢を叶えてあげるためであったかのような描写の仕方でしたが(そう、根は悪い人ではなかった)、実際、彼女はどうなったのでしょうか。ドラマはもちろん、小説版でも“その後”は描かれていませんでした。

というか‥‥そもそも、高村が本当に神谷から金を受け取ったのかも、謎のままです。あのときの状況からすると、神谷からコトの「真実」を告げられ、すべてを知ってしまった高村は、相当な絶望感に打ちひしがれていましたからね‥。これらは視聴者(読者)の想像に、各々委ねるしかありません。

絶望はしたけれど、世話になった居候女性のために「旅資金」の名目で、けっきょく二、三百万円くらいは調達したのでしょうか。筆者のような“庶民”が考えてしまうことは、こんな程度のもんです、所詮(笑)


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2015年12月10日

「野島ドラマ」お気に入りセリフPart.6

真理子だけは特別。スペシャルってやつ。発音してごらん、スペシャル 


「ストロベリー・オンザ・ショートケーキ」より。21世紀の幕開けとともに始まった、野島ドラマです。どうして私はこんな素敵なドラマを人生の一番“いい時期”に見ながら、その後‥もう少しまともな恋愛ができなかったのでしょうか!
今、あらためてそんなふうに思ってしまいます。誰かに恋をする愉しさ、そこから両想い‥「愛し合う」に発展するまでの難しさや歓びを“ピュア”に伝えてくれた作品は、自分にとって【S・O・S】以外、他にありません。なのに、どうして私は...





久々に燃えるような恋をしました。でもそれは、辛くて苦しい片思い‥。結ばれることはないと薄々知りながら、でも、彼女と会える日々の歓びの方が勝っていたのです。それくらい特別に想えた「特別な人」との出逢い...


作中、佐伯哲也が想い続ける特別な人は、英語教師の真理子でした。愛する彼女と一緒にいるために「留年」という手段を使って学校に留まり続けます。本当はもの凄く頭がいいのに、こと年上の真理子に対しての彼は“道化者”のように振るまっていました。そこでのひとコマ、ワンシーンにあったのが冒頭のセリフです。

文字にすると淡泊に見えますが、ドラマではもっと『スペシャぁる』 という感じだったでしょうか(笑)。特別を「スペシャル」と置き換えたのは英語の教師をする彼女への当てつけもあったのですが、なにか“らしさ”が出ていて好きでした。


その哲也は真理子を、真理子はまた別のヒトを想い‥‥。この作品に共通していえるのは、登場してくる人物がそれぞれ“片思い”をしていました。【S・O・S】がよかったのは、描写の仕方からいえばもっとも可能性が低そうにみえた入江マナトのみが、当初の恋を「成就」させている点です。いくら当ドラマの主人公といっても、思いを寄せていた唯(ゆい)の、哲也への熱の上げ方といったら、ちょっと尋常ではなかったですからね(^^;

唯も大好きな彼を振り向かせるための努力を必死に続け、一時はいいところまで行きました。マナトも、くじけそうになりながらも唯を想い続けることで、最後は見事に夢叶えました。両者にいえるのは、どんなに辛くとも、最後まで諦めずにいれたこと。諦めずにいたら‥‥恋愛でも「奇跡」は本当に起こりうるのかもしれません。先日も片思いの相手に手紙を40通も送った‥そんな役者さんがいましたけれども(笑)


これまでの私は簡単に諦めていました。根底にあったのは、恋愛によって心に傷を負いたくなかったからでしょう。あるいは、そこまで「特別な人」ではなかったのか‥。今となってはそれは分かりません。ただ、現在進行形である今の自分にもいえるのは「諦めない」とは、また少し違いますかね。奇跡を信じて「願っている」という方が適切でしょうか。

たしかに存在している彼女のことを想うと、強くもなれます。いつかまた、以前のように逢えることを美しい冬の星空の下で願っていると、本当に奇跡が起こりそうな気がしてきて、毎日をがんばれます。マナトの声でナレーションにあった『だから、君のことを忘れないよ』 右に同じ。‥人を好きになるって、あぁなんてすばらしい!!

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2015年12月01日

「野島ドラマ」お気に入りセリフPart.5

特に僕は、人間の本性を観察するうちに、神に近づく錯覚さえおぼえていきましたからね


“お気に入り”というか、これは相当な名(迷?)ゼリフだと思うんです。新見悦男、あの「最後の対決」を前にしたクライマックスシーンでの発言‥‥。【人間・失格】より。


何しろ“ネ申” ですもの。自らを「神格化」した人間を、筆者は彼以外に存じあげません(笑)

ただ、神まではいかなくとも、傍から見て純粋に凄いなとは感じましたよ。よもやのコンパクトを万引きし、それが発端となって警察にマークされるまでは、もうすべて、新見の思うがままに事が運んでいた‥。たしかに“世界を支配していた感”はありましたから。

さすがに神というだけあって、発言ひとつをとっても何か知性の固まりを思わせるようなものも多かったですし、教師という職業柄?言葉づかいに品があり‥。だからなのか、ある種“憧れ”にも似た感情を、彼に抱いていたのも事実です。

狼狽すると何かにつけ、『僕はカメラを撮っていただけ』 『シャッターを押しただけ』の一点張りになるのは、少しカッコ悪かったですけれど(笑)。多種多様な「野島ドラマ史」においても、新見のキャラ性・特異性は個人的にも、5本の指にはあげられます。




↑往時の悦ちゃん

“盗癖”は病によるものだと、大場誠に弁明していましたが、実はコンパクトのくだん‥「小説版」でこう表現されています。

気持ちが高揚してくる。結局俺は自分以外の人間を愛することはできないのだ、と思った。金色のコンパクトを、手で強く握りしめる ※「第十章 残された標的」より

要するに、鏡に映った自分に見惚れてしまったのよ、新見先生は‥と^^;

リアルタイムでの放送から約20年。未だに理解できない彼の行動がひとつだけあって、ドラマの第1話かな。職員室にやってきた転校初日の誠に対し、胡散臭い挨拶をした村田先生のシーン‥ありましたよね。あのとき、新見がやたら嫌悪を露わにした表情をしているんです。一体なぜなのでしょうか。

理由を判る方がいたら、教えてください。‥若干マニアックですみませぬが(笑)


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2015年11月28日

「野島ドラマ」お気に入りセリフPart.4

『ずっと先を見てるのよ!』


このセリフを見ただけでピンときた方。あなたも相当なツウです(笑)。

「ひとつ屋根の下」より。初回から、なんだか1990年代前半の作品に偏ってしまっている傾向がありますけれど、やはり‥この頃がいちばん野島ドラマにもパワーがありましたし^^;

くだんの言葉を口にしたのは内田有紀さん演じる日吉利奈。彼女がもう、今でいう“ツンデレ”タイプの女性で、プライド高き医師の卵・柏木雅也(福山雅治)のことを散々振りまわしてくれます。




ちょうど小梅の強姦事件があって、柏木家が揺れていた時期。長男の達也が兄弟の反対を押し切って、告訴をしようとし、孤立を深めているときでもありました。

利奈を恋人と呼べるのか‥やや微妙な間柄でしたが、ここでは一応そういうことにしておきましょう。雅也からそれを伝え訊いた彼女は、病によって女優生命が危ぶまれていた自らを小梅に当てはめてみることで、達也に一定の理解を示すのでした。


そこで出たのが、(達也は)ずっと先を見てるのよ! です。


彼女の強い口調に、怯んだ表情をみせる雅也。心身に傷ついた妹を、あくまでソッとしておきたい‥‥それまでの雅也にはまったく頭になかった思考。利奈のあまりにもリアルな、的を射た悲痛の叫びが、彼の心を突き動かした瞬間でもありました。


この言葉、今まさにタイムリー。

今の私自身に言ってあげたい。‥少しニュアンスは変わりますが、『もっとずっと先を見なさいよ!』と(笑)。忘れられない恋をし、いつまでも引きずり続ける自分に対して。

彼女に深い愛情を抱いた‥。でも、結ばれなかった‥。強気な利奈なら、こう一喝したのかもしれません。『それはそれでいいじゃん?』

要は逆境をも「次へのステップアップ」と捉えればいいということです。どんなときも人は前に向かって歩いて行かなければなりません。振り返ることはできても、過ぎた過去には、決して戻ることはできないのです。

久しぶりに心から好きになれた人と巡り逢えた事実に感謝をし、ふたたび‥今度は「真実の愛」を探す旅に出ればいい‥‥。私にはその機会を与えられた。ずっと先をみれば、この世の中、きっといいことだってたくさんあるのでしょう。彼女以上に愛せれる、心トキメク出逢いも、あるいは(笑)。利奈の言葉を胸にしまい、今を乗り越えていきたいと思います。

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2015年11月26日

「野島ドラマ」お気に入りセリフPart.3

『この世の果てです』


佐々木が言ったこのセリフ、忘れられません。新聞のラテ欄にも載らなかった小木茂光さん演ずる「佐々木」という男は、本当に脇役もいいところでした。そんな、一見地味に見えた彼が、実はドラマタイトルにもなるほどの“超重要”な言葉を口にしていた事実に対してのインパクトが、大。‥同作品においてそれを口にしたのは、けっきょく佐々木2回と、彼に便乗しての砂田まりあの母親が1回‥‥計3回だったはずです(全12話中)

ちなみに『この世の果てです』にかかる言葉のやり取りが、こちらになります。

まりあ 『その予知能力は子供の時から?』
佐々木 『私が帰って来てからです』
まりあ 『へぇ、どこから』
※第6話「すれ違う心より」


ドラマ、または本を読んだ方なら判ると思いますが、服役を終えて出所したばかりの身。まともに捉えると、あたかもそこは「刑務所」のようにも思えてきてしまいます。しかし、その後を読み進めていくと、どうも話はそんな単純ではないようで‥‥。佐々木はこうも言っています。復讐を誓った女に向けて『連れていきます』 とも。

では一体、「この世の果て」とはどのような場所なのでしょうか。それをこれから少し、想像してみます。


ドラマをみていれば、何となくイメージはつかめます。タイトルバックとエンディング時に流れた、枯木以外なにもなく、人の気配すら感じられない、あの冷たい砂漠のようなところ‥‥。佐々木のいう「この世の果て」が、もし、この地であるのだとしたら、私はもっと具体的となるヒントを、ある小説に見た気がします。

中河与一氏が書いた「天の夕顔」。夫がいる女を心の底から愛してしまう男が、もうすべての事象に疲れきり、山の中に入ります。ここに記されていたことが、私には「この世の果て」のような場所に、思えてならないのです...





わたくしは考えました。もし、寂しさということが、自分に背負わされた運命なら、自分はその運命に徹しよう。たとえ荒涼とした山の中にはいっても、そこに自分の心の住処があるのなら自分はそこで暮らしたい。どんなに不自由をしても、どんなに孤独に陥っても、この世の冷徹無残の中にいるよりは、いっそ天に近いところに行って、自分のかなしい生命を終った方がいい。自分が学校で天体物理をやったのも、何かそんな運命を予知していたのかもしれない‥‥‥

わたくしはそんな思いに駆られると、誰とも逢えぬ、とりわけ暮色蒼然とした寂しい雪山の景色が眼にちらつき、そのありさまこそ自分の心の風景であるように思われて来たのです。何もかもに冷たく、氷りはててしまった世界。そここそ自分にふさわしい住みかにちがいない。もし許されるのなら、自分は戦場に行って痛烈な死に方をしたい。しかしそれができないのなら、天に近い清浄の雪の中に、自分の身と心とを置いて、自分は自分の思いを高めよう ※第五章より


周囲の喧騒から、完全に閉ざされた空間。しかし、孤独な寂しさの中にいても、最後の「天に近い清浄の雪の中に、自分の身と心を置いて、自分の思いを高めよう」は、のちに“そこ”にいれば『平穏な心を取り戻せる』 と口にした佐々木の言葉を、まるで連想させるようでもあります。きっと「天の夕顔」の主人公が決死の思いで向かった、あの場所こそが「この世の果て」であったのではないかと---


けっきょく佐々木の思いが果たされることはありませんでした。それは、もしかしたら“復讐”という邪念があったからかもしれません。一方、報われなかった愛‥「天の夕顔」の主人公は山ごもりのすえに、あるひとつのこたえを導き出します。

「出逢えたことの喜び」

男はそう悟り、彼女と巡り逢えた運命に感謝して、自らに言い聞かすのでした。


‥先日もいいましたが、筆者もこれと似た思いをしました。愛する人と、今後も結ばれることはないのかもしれませんが、こんなにもたくさんの人がいる地上で、たったひとりの彼女と出逢えた奇跡に、感謝をしなければいけない。自分も不幸ではなく“幸運”であるのだと、あらためて主人公から教えられた気がします。

そういえば、中島みゆきさんの「糸」という曲にも、こういった歌詞がありましたね。

-逢うべき糸に出逢えることを 人は仕合せと呼びます-

「この世の果て」から、思わぬところへ話が飛んでしまいましたけれども、わたくしは愛のある世界に、ちゃんと“生還”したいと思います(笑)

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2015年11月14日

「野島ドラマ」お気に入りセリフPart.2

今秋、福山雅治氏が結婚したことにより「最後の大物独身俳優」などとも誌上でいわれる竹野内豊さん。かねてからお噂になっている、あの彼女との行く末はどうなるのでしょうか。ファンならずとも、気になるところです。


その竹野内さんが数少ない(?)女性にモテない役を演じた「世紀末の詩」。私が今でも大切にしている、野島脚本作品のひとつです。

同作品の小説版を読んでいると、先日ここで書きましたが“活字”でみて、あらたな「気づき」がありました。第3話【狂った果実】。この話で主人公の野亜亘が、津田愛美に向かって口にしていた言葉...


たとえ相手が死んでしまったとしても、心に永遠に焼きついて離れず、もう誰とも恋をしようとは思わない。その回路が消滅するような、そんな唯一のものが、愛 ※P58より


このセリフ、物語全体を通してみれば、それほど重要ではないのかもしれませんが、実はかなり核心をついていたのでは?強くそう感じました。

といいますのも、今年に入って、筆者も亘と同じような体験‥つまり失恋をですね、それをしてしまいまして、非常に理解できたのです。ドラマ放送当時はピンとこなかったものが、実際自分の身に起きてみて、より痛切に。失恋云々よりも、どちらかといえばその後に沸き起こる、恋人への熱情...


忘れられないんです。どうしても。忘れようと努力しようとしても、その寂しさを埋めようと、新しい相手を探そうと思っても‥それができない。異性をもう異性として見ることができなくなってしまったのです。

こうした、なかなか立ち直ることすらないできないような感情は初めてで、本でいう、まさに恋をする「回路」が消滅した状態に陥ったのです。すなわちそれは、失恋相手を心の底から愛していたことになるのでしょう。まぁ私の場合は“一方通行”ではありましたが(苦笑)

自分の肉親に対しても同じで、やはり、代わりなどいるはずもなく、まして忘れることもできません。心の中で永遠に留まり続けるので、これも「愛」の一種と呼べると思います。

それほど時間が経っていないから、今後どうなるか分かりませんけれど、まだしばらくは、その報われない、愛する相手を想いながら生きていくことになりそうです。


‥報われないと知りながらも、それでも『二人が同じ星座だと信じている』と唄う、コブクロさんの【流星】という曲(ドラマ「流れ星」の主題歌)には、いつも励まされています。遠くにいても、引き離されても、一途に相手を想い続ける気持ち。“代わり”になる人も、決して存在しません。

こうした想いの数々が、すべて歌の中につまっている同曲は、「世紀末」の観点からいうと‥‥愛のソングといっても過言ではないでしょう。しかも究極です。‥少し本編から飛んでしまいましたが、竹野内さん繋がりで(笑)


ふたたび愛する人が見つけられないにしても、私の中に『まだあんなにも、まっすぐに人を愛する気持ちが残っていたんだ』 それが気づけただけでもよかったし‥たしかに辛くはありましたが、相手に対しては出逢えたことへの感謝の念も、持たないといけません。

しかし【流星】のごとく“生きている”相手を想い、待ち続けるのが愛ならば、ある種、愛とは「修行」とも言えそうですね(笑)





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2015年11月10日

「野島ドラマ」お気に入りセリフPart.1

共鳴しました...


加藤浩次が「たくさんモテたい」ノブコブ吉村を一蹴 その持論がカッコよすぎると話題に ※livedoorNEWS


このニュースサイトの記事で加藤さんがおっしゃっていた『1人にモテりゃ良いのよ。1人にモテたら勝ちよ』というお言葉。

‥そうなんですよね。私も以前は吉村さんのように複数の異性から“モテたい”と思っていたクチですけど、今は本当に1人でいい。別にカッコつけてるわけではなく、恋愛に対する考え方、そのものが変わってしまったのです。その1人のヒトからおもいっきりモテて、こっちもその1人だけを、おもいっきり愛したいという...


でも、わりと最近になってからです。それまで自分のことだけを、自分の幸せだけを考えて生きてきましたが、愛する人と出逢って、私もようやく「誰かのために生きる」そんな生き方も悪くはないんじゃないか?真剣にそう思い始めました。

‥気づいたんです。“自分のため”よりも、“愛する人のために”の方が、よりパワーが大きいことに。「その人の幸せが、自分自身の幸せでもある」お互いがこの“境地”に達せれば、二人の仲が上手くいかないなんてことは、絶対に起こりえないのです。ただ、最初から二人が同じくらいの愛情を持っているとも限らないし、そこまでにいくのには、けっこうな時間を要するかもしれませんね。


野島脚本ドラマはそういったエッセンスを含んだ作品が相当数あったのにもかかわらず、一体私は今まで何を視てきたのでしょうか(笑)。一番のヒントとなり得る作品は、私は【ひとつ屋根の下】にあったと思います。最終回で先輩と“タイマン”を挑む際、柏木和也が口にした、実に男気あるセリフ...


失うものがない奴より、守るべき人がいる
その方が強いんじゃないかってね



数々の名言(迷言?)を残してくれた同作品にあって、これはベストスリーに入る、名ゼリフではないでしょうか。和也にとって守るべき人とは「兄弟」でしたが、恋愛でも当てまはると思います。したがって、今の私に置き換えていえば、失うものは‥自分もさしてないのですけど、この“守るべき”にあたる部分の人を、早くみつけたい‥(笑)。暁には和也のごとく、もっと内面から強く変われるような気がしてなりません。


もちろん忘れがたき印象的なシーンでしたが、放送当時、実はぜんぜん別のことが気になってしまい‥。誰がどう見てもタダナラヌ様子であったのに、姉の小雪は和也を置いて、ひとり、達也の(マラソンの)応援に行ってしまうんですよね。いくら和也に『警察は呼ぶな』と言われても、他に手立てはあったと思うのですけど(笑)。おかげで和也はボッコボコ(^^;

直後の、感動的なマラソンシーン。そこでチューリップさんが奏でる【青春の影】が、かかります。この曲にある歌詞の一部分...


自分の夢を追うことが 今までの僕の仕事だったけど
君を幸せにするそれこそが 僕の生きるしるし



まさに。 愛する人を幸せにすることが、僕の生きるしるし‥だなんて、とても素敵ですよね。今の心境としては、自分も一度でいいから、こういった生き方をしてみたい。

色んな人からモテる必要性はまったくありません。ただ1人のヒトだけを心から愛し、愛され、共に道を歩んでゆく‥‥。絶対、そっちの方が充足感ありますって。ノブコブの吉村さんも!(笑)



後世にずっと伝えたい名曲ですね^^


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2015年07月21日

続・世紀末の詩?

ちょ、ちょいと!!

ネットサーフィンをしながら、たまたま見つけたのですけど、これは一体なんでしょうか...



the last song1.jpg


え!「世紀末の詩」って、DVD化されてませんでしたよね?たしかVHS化のみで‥。筆者もVHSでならレンタルした記憶があります。もしかしてどこか、日本以外の某アジア系の諸国で“極秘”にDVD化が実現していた‥とか?(笑)

しかしながら、ここに収められている竹野内豊さまは初めて拝見しましたけど‥‥ドラマと、まるで印象が違うではないですか!同ドラマで見せていた“モサさ”はなく、どっちかというと「WITH LOVE」的な、トレンディ(もはや死語?)な感じ。里見センセも、だいぶ雰囲気が異なりますよね。‥ひょっとして、ゴーセイですかコレ(苦笑)


そんなこんなで、わたしの中でふたたび“世紀末熱”が沸き起こってきてしまい‥‥^^;
もう人生で何度目になりますでしょうか。真実の愛の物語を見たい!と思うのは。よもやのイケたバージョンの竹野内さんには面食らいましたけれど、ドラマの内容は本当に、ほんと〜っに!素敵でしたから。


んで、早速取り寄せみたのがこちら!




まだ本の方には目を通していなかったんです。俗にいうノベライズ本というやつですか?思っていたよりもずいぶん分厚くて、さながら「愛の参考書」って塩梅。もったいつけながら徐々に読み始めているのですが、重ねてきた歳によって、これほど見方というか捉え方?が変わってくる作品も希少ですよね。読み進めていけばテレビ版ではいまいち判らなかったミアの正体も、次第に解明されてゆくのでしょうか(笑)

今、少しだけ感想をいってみると、ドラマでは第3話目にあたる「狂った果実」。あの話にかんしては正直あまり私好みではなかったのですけど、活字で読んでみると意外や意外。相当奥が深い!(全話がそうっちゃそうなのですが)


相手の記憶の中に、永遠にとどまり続けるのも愛---


あぁ、将来的に私はそういった人になれるのでしょうか(笑)。少々センチな気分になったところで‥今回は失礼しまっす!


※画像はblog人魚姫の泡言葉様よりお借りしました。ありがとうございます!

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2015年01月30日

あんちゃん、カムバック!

3月に「ひとつ屋根の下 コンプリート Blu-ray BOX」なるものが発売されるようです。


映像作品としてはパート2がVHSで出た以来‥?長い×2沈黙期間を経て、DVD化を飛び越し(笑)、しかもパート1とパート2がセットになったブルーレイ!というのですから、根づよい「ひと屋根」ファンたちにとって、これは朗報ですよね。

リアル放送後、様々な困難やトラブルに見舞われた出演者も数名?おりましたが(苦笑)、業界的にようやくそれも“時効”扱いとなったのでしょうか。




「野島ドラマ」お馴染みのキャストがズラリ...


“あんちゃん”こと、元気いっぱいのエグッさんに、かっこよすぎる若き日の福山チー。そして、このドラマをきっかけにして、筆者は酒井法子さんのファンになりました(笑)。脇を固めている清水紘治さんや小木茂光さん、山本桂さんといったベテラン勢も本当にいい味だされていて、ドラマを盛り上げてくれています。

じゃっかん古い世代の私は、あいにく視聴を可能とする機材を持っておりません。だからいっそDVDのコンプリの方がありがたかったのですけれど。まぁ過去に何べんも視聴してきたからいいかな^^;

個人的にも野島作品「陽」の部では、大好きな作品です!ブルーレーを視た方は、また是非「あんちゃんフィーバー」を巻き起こしてやってくださいな♪


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2014年11月21日

安西加代子 「偶然の一致」

そもそも、女性の犯罪心理は複雑怪奇なところがある。いくら、どう考えても、殺人を犯した動機や、そこに至る経緯がわからない事件もある。多数の目撃者がいたり、確実な物証がでてきても、犯行を認めない被疑者は、女性の方が圧倒的に多い。
「逃げる福田和子」あとがきより


言われてみると、たしかにそういった気もしなくはない。

毒物を混入した者、保険金詐欺の末に殺人を犯した者‥‥なぜか縁あって、今年は女性が絡んでいる事件の書物を目にする機会が多いのですが、それらに登場してくる被疑者は皆一様に、否認を繰り返しています。しかし、否認をしている以上、裁判でどんな判決がくだされようと「真実」は当事者以外、結局のところ誰も知る術がありません。

冒頭の文を記した本の著者、大庭嘉文さんを、あらためてそんなふうに感じさせた福田和子(故人)とは周知のとおり、元同僚のホステスを殺して、時効寸前で捕まった女性のこと。約15年にも及ぶ逃亡記が、いかに「嘘」で塗り固められたものであったかが、よく判ります。

その顛末をここで書き綴ってもよいのですが、まつわる書物も数多く世に出ていますし、過去に映像化されたこともありましたので、そちらをご覧になって頂いた方が事は早いと思います。実は今記事で触れてみたかったのは事件の概要や逃亡の模様などではなく、彼女が実の親や親戚から『カーコ』と呼ばれていたという事実について、です。





‥勘の鋭い方ならお解かり頂けるかもしれません。そう、ドラマ【未成年】に登場していた安西加代子と、同じ呼び名だったのですね。この程度ならさして注目すべき事柄でもありませんけれど、ドラマの「カー子」と実在した「カーコ」の境遇が、わりと似通っていたのには驚きました。

福田和子の母親は俗に云う「売春宿」を営んでいました。無論、生活のためであったり、幼子を食わしていくための“手段”としてでもあったのですが、ごく身近にあった男女の生々しい性を目の当たりにし、幼き日の彼女は苦悩していたそうです。特に思春期のころであればそういった思いを抱くのも、まあ当然かもしれません。その経験がのちに数々の男たちを手玉にとった『魔性の女』を形作っていったのであると、本の中でも語られています。

一方、安西加代子の母親はキャバレーを経営していました。売春宿のような場所ではなかったものの、客の男と関係を持っていたシーンがみられ、高校生だった加代子も困惑していた描写があります。そして自らも売春に手を染め、あるときは好きでもない男に対して誘惑をしたり、裏切り行為を働いたり‥‥。加代子の性格が捻じ曲げれられてしまったのは、母親の影響も大きかった。それはドラマをみてると一目瞭然です。

和子の方は同時期にそうしたことはなく、年相応な、いたって純粋な恋愛をしていた模様。しかし、母親がみせる「オンナの顔」が強烈なトラウマとなって後々まで尾を引いてしまうのは、どうやら加代子と一緒だったようです。


筆者は加代子が校門前の階段で知的障害を持つデクにあやとりを教えているシーンが好きで、いまだに印象に残っています。本当は優しい面も持っていた女の子。“実在”したカーコも、犯した罪は決して許されるものではありませんが、関わってきた多くの人々から愛されていたと訊きます。実際、本書を読んだかぎりではそこまでの嫌悪感は抱きませんでした。無論、それは私が「第三者」であり、ただの“一読者”であったに過ぎないからだと思いますが。

ドラマの放送時期は和子の“逃亡期間”にもあたり、時間軸の関係からして、単なる偶然でしょう。でも「カーコ」と「カー子」‥‥なぜか因縁めいたものを感じてしまいました。


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ラベル:安西加代子
posted by はむ at 11:14| Comment(0) | 過去作品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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