2016年02月05日

「野島ドラマ」お気に入りセリフPart.14

笑ってあげてください。


私は、指環をしています。まだ誰にも打ち明けたことのない告白をすると、実は「ペアリング」と呼ばれるもので、あれをまいにち指にハメています。

だから、周囲のヒトからはどうも恋人がいると思われているようなのですが、現在はいません。それなら、どうしてそんな代物を身につけているのか。理由はひとつ...

心に決めたヒトがいるから、です。

‥ペアリングなので、傍らのリングが当然もう一個、私の手元にあり、それをいつか、大好きな彼女に手渡す日まで、自分が“預かって”います。‥もしかしたら、そのリングを渡せる日は永久に訪れないかも知れません。‥そのときはそのときです。ただ、リングを見、幸福な日を夢みながら、彼女のことを諦めきれない自分を、いつも奮い立たせて日々の仕事に精を出しています。




さすがに「刻印」はしておりません(笑)


このことを告げると、たいていのヒトは苦笑するでしょう。可笑しいでしょうか?‥可笑しいですよね。状況的にみて奇跡でも起こらないかぎり、リングを渡せない可能性が高いのは、あきらかであるのに。

ですが、やはり今の私は以前にも書きましたが、ヒトを好きになる回路が失われてしまっている状態‥。彼女以外、おそらくもう、誰も愛せないのです。これなら彼女を想い続ける「結晶」として、指輪をはめ続けていることも、道理にかなっているでしょう?したがって万が一、私が他のヒトを想えることができたなら、指輪は外します。外してまた別のものをつけます。


会えない彼女をこちらだけが、ただ一方的に好きでいる‥‥。最近少しだけ、後悔もするようになりました。あの別れの日に、想いを告げるべきであったかどうか。彼女の想う相手が他所にいるのはなんとなく知っていたので「YES・NO」の結果がどうのではなく、自分ひとりのケジメの問題です。

あのときはこのまま彼女を想い続けることも、ひとつの「美学」とも、思っていました。しかし、いかんせん私は彼女のことを、今までのヒト以上に好きになりすぎていた‥‥。愛するヒトと会えない日々が、これほどまでに辛いものとは考えてもみませんでした。相手のそばにいて、送ったり送られたりするのが、愛‥‥。今、それを痛切に感じています。

いっそこのサイトのURLを教えようとも、一瞬考えました。けれど、NOJIMAを謳ったファンブログで、そうした個人的なことに利用するのは気が引けるし、バチが当たりそうなので(笑)、止めておきました。その代わり、彼女への溢れる想いを、時たまここで綴らせてください(ここのところ毎回ですが)


こんな思いつめた年増の男ですから、NOJIMAドラマの、あの“有名すぎる”台詞には、当然のごとく私も憧れはあります。


僕は誓う!五十年後の君を、いまと変わらず愛してる


【101回目のプロポーズ】より。星野達郎、一世一代の告白!‥といっても受け売りなんですけど(苦笑)。彼女と再会できた暁には、自分もこれに近い台詞を口にしてみたいですねえ、重たくならない程度に。恋人をしびれさす決めゼリフを、私も人生に一度くらいは。

自分の場合、あと五十年も生きられる自信はないので、四十年にしておきましょうか。‥はい。そういう問題ではありませんね。すみません!ただ、達郎とちがって指環を海に捨てることなく、私は大切に保管しておきます。あのドラマのように、まっすぐ想い続けていれば、いつか「奇跡」は本当に起こるかもしれませんから---


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posted by はむ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 過去作品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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